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スポーツハンティングで野生動物を殺すことが平然と行われている国アメリカ

2017/05/25

本日のテーマはハンティングについて。

私はアメリカに住んで以来、「ハンティングに行ってきた」という話をするアメリカ人と何人か会ったことがありました。

彼らは殺した動物の写真を撮り、自慢げに見せてきたので、「残酷なことをするな~」という印象を持ったことを覚えています。

 

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先日、同じようなシチュエーションに遭遇したときに「かわいそうじゃないの?」と相手に言ってしまったところ、

「後で肉を食べたんだからいいでしょ?自分も肉を食べるでしょ?そんな事言ってたら偽善者のように聞こえるよ」

と言われ、軽く口論に発展してしまいました。

 

決着はつかなかったのですが、なんだか自分の中でこれだけは譲れないような気がしたので最終的にはその人のことを激しく嫌悪するようになり、以後交友関係を持たなくなってしまいました。

そんなきっかけもあってハンティングについてネットでいろいろと調べ、自分なりの結論に達したので、ここに書き留めておきたいと思います。

 

 

 

ハンティングには2種類の定義がある。サバイバルのハンティングと、趣味のスポーツハンティング

 

私が反対しているのはスポーツハンティングのことです。

スポーツハンティングとは、娯楽のために行われる狩猟活動のこと。

 

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ここで多くのハンティング愛好者が使う言い訳は、「ハントした後に食べるから自分がやっていることはスポーツハンティングではない」でしょう。

 

しかし、私の中では食べることを目的としているハンティングもスポーツハンティングになり得ると考えています。

例えばロサンゼルスのような大都市に住んで平日はオフィスで仕事をしているが、休日に山に出かけてハンティングする人がいるとすれば、彼らの目的は何なのでしょうか。

 

そういう人は、たいていハンティング自体を楽しんでいるか、その行為を写真などに収めて後で友人に自慢したいと思っているのだと思います。食べることは二の次であり、自分を正当化させるための言い訳の手段でしかありません。

 

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食べることが目的であればスーパーに行って肉を買った方が早いし安い。

ちなみにアメリカでハンティングをするにはライセンスが必要で、山で動物を捕まえてきたからといってその方が安あがりになるということはありません。

 

山に住んでいたり、狩猟を食料の糧としている民族以外は、ハンティングを遊びとして捉えているとしか考えようがありません。

 

 

動物が殺されるところを見てかわいそうと思わないのか

 

自分は猫を飼っていたせいもあるかもしれませんが、動物が殺される場面に遭遇すると目を背けてしまいますし、多くの人が同じようなの感覚を持っているものだと思っています。

ハンティングをしている人はこの辺をどう思っているのでしょうか?

 

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大袈裟な話になるかもしれませんが、よく猟奇殺人者が事件前に動物虐待や猫殺しなどを行っていたことが発覚することがありますが、動物の痛みを何とも思わない人は人間に対してもひどい行いを平気でするような気がします。

聞いた話ではハンティング愛好者にはDV男が多いらしいです。

 

 

動物愛護を唱えながら畜産業の肉を食べる人は偽善者なのか

 

コレは動物愛護の定義にもよりますが、動物愛護を唱える人の多くは肉食を否定している訳ではなく、虐待や無益な殺生を批判しているだけです。

スーパーで肉が購入できる環境に住んでいる人が、わざわざ山に行って野生動物の命を奪うことは無益な殺生です。

その人が殺さなければその動物は生き延びることが出来た訳ですから。

 

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対して、人間社会の中で畜産業は必要不可欠なものであって、これを否定しても何にもならない。

 

これは仏教的な考え方でもあって、仏教徒は

「自分のためだけに殺されるのを見た肉」
「自分のためだけに殺されたということを信ずべき人から聞いた肉」
「自分のためだけに殺された疑いのある肉」

を食べることが出来ないそうです。(宗派にもよります)

 

要するに、家畜の肉は自分個人のために消費されるのではなく、人類のために消費されるので仕方ないと割り切るしかない、というのが私の考え方です。

 

 

現代の家畜の殺され方

 

ここで誤解してほしくないのが、かと言って市販で売られている肉を当たり前のように食べてもいいのかということ。

 

家畜の一生というものは悲しいものです

 

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牛や豚は屠殺の際には電気ショックで気絶させ、その後首を切って失血死させるそうです。(場所にもよって変わります)

ヨーロッパではその前に麻酔を打つことが法律で決められているそうですが。

 

しかし、実際の現場ではちゃんと動物が気絶させられていなかったり、劣悪な環境で飼育されていたりもするそうです。

豚の殺され方(屠殺方法)
と畜(と殺)見学に行ってきました。
映像がとらえた屠殺のシーン

 

肉を食べる自分がこんなこと言うのは矛盾しているかもしれないけど、こういう話を聞くと胸が痛くなります。

畜産業を否定するつもりはありませんが、家畜の飼育環境を向上したり、屠殺を出来るだけ苦痛の少ない方法に改善することは必要でしょう。

 

 

まとめ

 

ところでこの記事で私が何を言いたかったのかと言うと、「動物の権利を尊重しよう」ということです。

この先世界の人々が動物の権利を尊重できるような風潮が出て来れば、スポーツハンティングや畜産業での残酷な飼育も無くなってくるかもしれません。

 

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私はそれが出来ると信じています。

 

「人間はもともと肉を食べる生き物だから」と言っていては何も進歩がないだろうし、そういう虚無主義的な考え方に走れば人間の道徳心は進歩してこなかっただろうし。

 

動物たちへのリスペクトを忘れずに。

 

ちなみに、ハンティングをする人にこういう話をしても理解し合えることはほとんどありません。特に大人のアメリカ人は討論によって自分の考えを変えることはほとんど無いので、状況に応じてこのような話は避けた方がいいかもしれません。

 

 

命の尊さを学べる本「豚の死なない日」

私は子供の頃にこの本を読み、食べ物のありがたみを知りました。

牧畜で働くファーマーのお父さんと子供のストーリーです。ぜひ読んでみてください。

 

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